熱して叩けば形になる。それが鍛冶屋。
ということで挑戦し始めた鍛冶の道。
とりあえず読者のみなさんに解説しておきましょう。
ここを押さえておかないと、これから先いくら読んでも「いったいこいつは何をやっているのか?」ということがまったく理解できない。
鍛冶屋作業というのはぶっちゃけ「加熱して柔らかくなった鉄を叩いて成形する」という、今で言うところの「熱間鍛造加工」にあたります。
鉄に限らず金属系の素材は温度を上げてやると赤い光を発して柔らかくなります。
その状態になった鉄をハンマーなどでガンガンと叩いて形を変えてやる、それが「鍛冶」
この「温度」ってのは金属を加工する上ではかなり重要な要素です。
高すぎてもダメ、低すぎてもダメ。
ありがたいことにたいがいの物は熱するとその温度によっていろいろな色を発してくれるんです。
作業の時はいちいち温度計なんかで測っていられないから、その発する色で判断します。
これは鋼材メーカーが配っている火色表というもの。
600℃から800℃あたり、温度が低いときは赤め。
そこからさらに温度が高くなって1000℃を超えるころから黄色味を帯び始め、1300℃くらいではかなり白に近い色になっていく。
「赤めて叩け」つまり赤色を発する温度まで加熱して叩く。それが鍛冶屋の基本。
刃物の構造
ではその「鍛冶作業」で作るのはいったい何か。
この辺についてもご説明しておかないといけませんね。
そう、刃物とはいったい何か。ということです。
割れたガラスで手を切ったことはありますか?
刃物ってのはとどのつまりは「硬くて尖ったもの」ということです。
遠い昔の人々は、黒曜石という硬い石を割って、その尖った縁を刃物として利用していました。
石器時代と呼ばれる遠い昔の事です。
硬い素材を鋭角に尖らせると物を切ることができる。
これがすべての基本になります。
材料は何だっていいんです。
石でも、鉄でも、ガラスでも。
硬くて尖っていれば何でもいい。
でも、ね。
硬い材料というのは裏を返せば脆い、ということ。
ガラスしかり、石しかり。
衝撃には脆く、叩けばパキッと割れる。
鉄もまた例外ではありません。
硬く、切れ味の良い鉄(鋼)はちょっとこじったり、衝撃を加えるとパキッと割れる。
カッターナイフを思い出してください。
あの刃は鉄でできていますよね。
でもちょっとひねりの力を加えるとパキッと折れる。
「切れる鉄」というのはそういう物なんです。
でも、包丁やナイフがそうそうポキポキと折れてしまっては使い物になりませんよね。
それが先人の知恵のすごいところ。
世間によく出回っている「刃物」というのはほとんどすべてがこんな構造をしています。
対象物を切断するための硬い材料(鋼)と、それを保護するための柔らかくて粘り強い材料が組み合わされているんです。
出刃包丁なんかでおなじみのあの形は「片刃」といいます。
切れ味は良いんだけど、左右対称の形をしていないので厚い物を切っていくと曲がっていってしまう。
どちらの手で使うかによって右利き用とか左利き用とか作り替えないといけない。
それに対してナイフなんかでは「両刃」が多いですね。
どちらの手で使っても構わないし、厚い物を切っても曲がっていくことはない。
だけど片刃に比べると先端の角度が鈍くなるので切れ味は劣ります。
このように違う性質の素材を組み合わせて形にするというのが「鍛冶屋」の基本になるわけです。
硬い鉄と柔らかい鉄
ここまで読んで「アレ?」と思った方も多いかと思います。
硬い鉄、柔らかい鉄ってなんじゃい?と。
鉄は鉄でみんないっしょじゃないのか?と。
たしかに元素記号Feであらわされる「鉄」はひとつだけです。
ただ、鉄というのは非常におもしろいもので、何か他の元素をちょっぴり加えて「合金」にしてやるだけでその性質がガラッと変わってしまうんです。
いわゆる「鉄」として出回っている物であっても、純粋な鉄なんてものはほとんどありません。
ほとんどすべてがなにかしらの添加物を加えられた「鉄系合金」
ステンレスも鉄の合金の一種ですよ。
鉄にニッケルとクロムを加えると錆びにくくなる。それがステンレス。
じゃ、「硬い鉄」ってのはなんなのさ?ってぇと。
鉄の性質にもっとも影響を与える代表的な元素は「炭素」です。
バーベキューに使う例のアレですよ。
鉄に、ほんのちょっと、1%前後の炭素を溶かしてやる。
それだけで硬さなどの性質がガラッと変わる。
それが鉄と炭素の合金、通称炭素鋼。
かなりおおざっぱに分類すると、炭素の少ない物を「鉄」、炭素が多い物を「鋼」と呼んでいますです。
鉄にとけ込む炭素の量が多くなるほど硬く、そして脆くなる。
炭素が少なくなればその逆、柔らかく、粘り強くなる。
このようにいろいろな性格を持つ素材を組み合わせて、自分が求める製品を作っていくわけですな。
火花で素性を探る
余談ではありますが。
とりあえず素材をグラインダーでゴリゴリと削ってみましょう。
こんなカンジで火花が飛びますね。
この火花の形を良く覚えておいてください。
で、素材を変えてこいつを削ってみます。
よく見ると火花の形が違うのがわかりますか?
実はこれ、日本工業規格(JIS)にも規定されている火花試験法というものです。
鉄をグラインダーで削ったとき、その中に含まれる元素の種類や量を推測しようって、そういう現場向きの試験法です。
上の写真はステンレス合金の一種であるSUS303のものです。
一般に「18-8ステンレス」として出回っているSUS304とほとんど同じものです。
炭素が少ないので火花は一直線に伸びていますね。
炭素が少なくて柔らかいはずなのですが、SUS304は粘りが強くて切ったり削ったりの作業がやりにくい。
そこで硫黄などの元素を加えることで削りやすさを出している。それがこのSUS303という素材。
こういうのを快削鋼といいます。
下の写真はこれまたステンレス系合金SUS440C。
さっきのSUS303に比べて炭素量が多いです。
その分硬いんだけど脆い。
炭素が多くなると火花が線香花火のように枝分かれします。
他にも細かい見分け方がありますけど、ここでは割愛。
熟練してくるとグラインダーを当てた火花で、その素材の成分や性格をかなり的確に当てることができるようになるのだそうです。
「あ、これは焼きが入りやすくて硬い素材だな」とか、「ああ、これは柔らかくてダメだ。」とか、ね。
ちなみにその辺で売られているダイビング用とかいうナイフにグラインダーを当てるとどれも上の写真のような火花が飛びます。
つまりダイビングナイフというのは全体が柔らかい普通のステンレスでできているということですね。
鉄系合金では「硬さ」と「錆びにくさ」は相反するものです。
たしかにSUS304を使えば錆びにくくはなりますが。
それでは刃物としてはまったく役にたたない。
「ナイフの形をしているだけのステンレスの板きれ」では実際にはまるっと意味がないのです。
だからこそ自分で作らにゃならんのですな。
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