さて、前置きがそうとう長くなりました。
と言ってもまだまだ前置きが続いてしまったりします。
あと75行ほどお付き合いください。(一礼)
まずは材料の切り出し。
今回は手間を省くために鋼材屋に寸法指定して納品してもらいました。
中央が刃先になるSUS440C鋼。両側が地金になるSUS303です。
で、刃物にするためにはまずはこれらの材料を組み合わせて接合しなくちゃいけません。
金属を接合するっていうとまず思い浮かぶのは「溶接」
だけど、この場合、溶接はあまりウマい手ではありません。
「溶接」は読んで字の通り、素材の接合部を一度溶かして混ぜ合わせ、くっつける方法です。
せっかく性質の違う2つの材料を用意したのに溶かして成分を混ぜ合わせてしまったら何にもならないのです。
そこで、鍛冶では「鍛接」という方法を使います。
鉄というのは溶かさなくてもくっつく物なんですよ、ホントは。
焼けて柔らかくなった餅をふたつ重ねるとペトッとくっついてしまいますね。
アレと一緒。
溶ける温度より低くても大丈夫、鉄をある温度以上に熱して押しつけるだけで「理屈的には」くっつくということになっています。
まぁ実際にはそんな理屈通りにはいきませんね。
僕もそうとう苦労してますよ。
なんでかっていうと、これもまた餅と一緒でして。
餅を焼くと表面にパリパリの皮ができますね。
内側が柔らかくなっていても、あの固い皮が表面にあると餅はくっつかない。
鉄も同じ。
鉄を熱すると表面に硬い酸化皮膜ができてしまいます。
この酸化皮膜があると鉄はくっつかない。
そこで、この酸化皮膜を取り除くために、素材の間に鍛接剤というものをはさみます。
その正体はホウ砂という薬品。
ドラッグストアーで普通に売ってます。
鍛冶屋ではこれに鉄粉やホウ酸などを混ぜて「鍛接剤」というものにしていますけど、あくまでもメインはホウ砂。
このホウ砂は900℃弱で融解し、酸性の液体になるんです。
接合面にこのホウ砂をはさんで加熱すると、接合面の隙間で融解して酸化皮膜を溶かしてくれると同時に溶けたホウ砂が表面を覆うことで新たな酸化皮膜ができるのを防いでくれるんだそうです。
この状態のままハンマーで叩くと液状のホウ砂は衝撃で追い出され、表面を一皮剥かれた無垢の素材同士がぶつかってくっつく、と。
これが「鍛接」
と、書くのは簡単だけどやってみるとなかなかどうしてかなり難しい。
しかも今回相手にしているのはステンレス。
ステンレスはその表面に不動態皮膜と呼ばれる薄くて頑丈な酸化皮膜を作り、その皮膜で酸素をシャットアウトしているんです。
だから錆びない。
で、この頑丈な不動態皮膜がこれまたなかなか手強い。
普通に鍛接剤を使うやりかたではなかなか上手く接合できないのです。
アドバイスを受けた本業の鍛冶屋さんにも言われました。
「ステンレスの鍛接は神業に近い技術が要るよ」と。
そう言われると意地になってしまうのが僕の悪い癖。
なんとかお手軽簡単に接合してやろうじゃないか。
学生のころの教科書なんかをいろいろ調べました。
結果、この鍛接という作業は、工業的には「固相接合」という技術になるようです。
そんな方向で調べて回って、なんとか光明が見えてきたのがこれから書く方法。
ステンレスの鍛接
さぁ、いよいよ今度こそ本当に工作に入りますよ、お待たせしましたね。
今回、ステンレスの鍛接技術についてはクラッド材と呼ばれる刃物用の鋼材を生産している武生特殊鋼材(株)技術部の方から大変ためになるアドバイスをいただきました
この場をかりてお礼申し上げます
で、鍛接
まずは用意した素材の接合面をヤスリで一皮むいてしまいます。
表面にある酸化皮膜を取り除き、接合面を平らにすることでピッタリと密着させるのが目的。
接合面に汚れや脂が残っていると失敗しますから、アセトンでしっかりと拭き取り脱脂。
ここから先は接合面に触っちゃいけません。
そしてこの素材を重ね合わせて万力でしっかりと固定し、外周をぐるりと溶接してしまいます。
こんなカンジ。
しっかりと密着させて外周をグルリと溶接してしまうことで、素材を加熱している間に接合面に酸素が供給されて酸化皮膜ができてしまうのを防ぐことができます。
で、これを炉で熱して叩く、と。
温度は普通の鉄の鍛接よりもかなり高めです。
前述の武生特殊鋼材(株)から提供していただいたデータによればステンレス系材料の場合1100℃以上、とのこと。
炉から出した瞬間に冷えはじめ、叩いている間にも素材はどんどん冷えていきます。
この1100℃というのはもちろん「叩く瞬間の接合面の温度」ですから、その分も考えて少し高めの温度まで加熱します。
でも、炭素量が多い「鋼」は加熱しすぎると1300℃くらいでグズグズのボロボロになってしまいますのでその辺は慎重に。
ステンレスの鍛接が「神業」と言われるゆえんもこの辺にあるのかもしれませんね。
ステンレスは普通の鉄に比べると鍛接時の加工温度が高いくせに鋼がダメになる上限温度は鋼とそれほど変わらない。
加工の許容温度幅がむちゃくちゃ狭いんです。
しかも鍛接剤を使う普通の鍛接では再加熱というのはできません。
一度炉から出して叩きはじめたらもう熱しなおしは不可。冷めたら終わり。
加工上限温度ギリギリで炉から取り出して、温度が200℃ほど下がって下限温度にくるまでのほんのわずかな時間にどんどん叩いて一発で仕上げないといけません。
そりゃ神業だよ。
僕みたいなシロートにはまず無理。
今回の武生特殊鋼材(株)式鍛接法では接合面を溶接で密封していますので加熱しても接合面の酸化が進む心配はありません。
炉から出して2,3回叩いたらまたすぐ炉に入れて熱しなおして、というのも大丈夫です。
「熱しすぎ」と「冷めすぎ」にさえ気をつければ何度でもあたため直しがきくんです。
シロート向けっちゃあシロート向け。
おかげで腰を据えてしっかりと叩くことができる。
実際に挑戦する人たちのために蛇足ながら付け足しておきますと。
炉の中での素材の「色」は炎の光に照らされて「明るめ」になってます。
あくまでも炉から出した時の「色」で判断すること。
ステンレスの場合はレモン色以上、かなり明るい黄色から叩きはじめ、ちょっとでも赤みがかかってきたらもう冷めすぎです。
素材の「色」はあくまでも表面の温度。
接合面は素材の芯の方で、その芯に熱が伝わるには若干のタイムラグがあるということを頭に入れて加熱すること。
固相接合はある程度素材が大きく変形して内部から新しい表面が出てくることでより強固に接合されます。
厚めの素材で叩きはじめ、大きく変形させて目的の厚さに仕上げること。
てとこですかね。
で、こうして目的の寸法まで叩き伸ばしたら、もう一度赤くなるまで熱してそのまま数分間キープ。
その後ガス炉を作るときに使ったセラミックファイバーの切れ端で挟み込んでやります。
断熱材にはさむことで素材がゆっくりとゆっくりと冷却されていくわけです。
この操作を「焼きなまし」と言いまして、金属材料の性質をコントロールする「熱処理」という方法の一種です。
赤い鉄をはさんで、素手で触っても平気。
セラミックファイバーってすげぇ。
この「焼きなまし」は後々の工程を上手く進めるために絶対に必要な作業。
めんどくさくても省いちゃいけませんよ。
焼けた鉄をいきなり冷やすと割れることがあるんですね。
「焼きなまし温度」として鋼材メーカーから指定されている温度がありまして。<材質によって違いますよ。
加工後、この焼きなまし温度まで一度加熱したあとそこからゆっくりと時間をかけて冷却してやると、まるでお風呂の中でコリがほぐれていくように、叩く時に素材の内部にたまったひずみなどが解放され、結晶が細かくなり、組織が緻密に整えられていきます。
で、徐冷が終わったのが下の状態。
左が加工前の素材で右が鍛接後。
厚さで言ったら1/5くらいになるまで叩きます。
ためしに輪切りにしてみたのがコレ。
光りかたの違う素材がサンドイッチ状にくっついているのがわかるでしょうか。
外側にグルリと皮のような部分が見えるのは、これがまだ試行錯誤中だったころの作品だから。
鉄でグルリと包み込んだりとかいろいろと試行錯誤を、ね。
まぁしかし苦労したもんです。
思い立って準備しはじめたのが去年の6月。
材料から工具から環境から全部そろえちゃってから「ステンレスの鍛接なんて神業だよ」ですかそうですかバカ言うな。<最初に調べてからとりかかれよな
結局なんだかんだで半年がかり。
ここまで来ても鍛接の成功率はいいところ5割。まだまだ修行が足りませんなぁ。
失敗作の山もそれなりに築きつつ。
100キロ以上のコークスと30キロのプロパンガスを無駄に二酸化炭素にし。
地球の温暖化に貢献し。
数十キロのステンレスを屑鉄にし。
近所のホームセンターの売り上げにはこれでもかと貢献し。
気がつけばまたしても予算オーバー
これだったら資材屋で普通のナイフを100本買ってきて作業のたびに使い捨てにしてた方が安上がりだったなんてことは悔しいから気がつかなかったことにしておく。
皆さんも気づかなかったことにしてくれ。
ああっ!またこの展開かっ!
がっくり。
次の工程への下準備
いやいやそれでも僕は前に進まねばならぬ。
たとえ道は険しくとも。
工作に関しては特に、なぜかいつもわざわざ面倒くさい方の道ばかり選択してしまう僕ですが。
・・・だんだん滅入ってきたのでボヤくのはもうやめよう。
で、
このものまに屋的ステンレス鍛接法で接合した素材は、端が一度溶接されてそれからあらためて鍛接されています。
この外周部は素材が一度溶け合って成分が混ざり合ってしまっていますので、刃物としては使い物になりません。
大変ですけどグラインダで切り落としてしまいます。
柄になる部分を端に溶接し、さらにグラインダーで大まかに形を整えれば終わり。
まだ完成じゃありませんけどね。
硬い鉄を中央にはさんだと言ってもまだこの状態では物を切れる状態ではありません。
高い温度から徐冷された鋼は今もっとも加工しやすく柔らかい状態なんです。
いよいよ次は「焼き入れ」「焼き戻し」
成形が終わった柔らかい状態の鋼を、硬く切れ味鋭い刃物に変化させますよ。
続きは次回。
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