温泉丸の快適化を謀る

すべての元凶はこの水道管

何かってぇとこれは富戸港に下りてくる水道のパイプです

この1本のパイプで6トン入る浴槽2つ(温泉丸)と16基のシャワー、3カ所のトイレと器材洗い場のすべての給水をまかなっています






これだけたくさんの設備がぶら下がっているこのパイプが、だ

見ろ、こんなに細っけぇ

こんなんで水量が足りるわけがねぇ






特に多くのダイバーさんが潜り終わる午後3時頃が山場ですね

器材洗い場では水道をガンガン流しっぱなし

シャワーもすべて使用中

温泉丸では熱い熱いと水でうめる

完全にキャパオーバー






で、何が起こるか

まず、水圧不足でシャワーのお湯が出なくなります

そして温泉丸

温泉丸に来ている温泉はかなり熱いので水でうめなくては入ることができません

でもそのうめるための水がたりない

水が足りないからお湯も止める

溜まりっぱなしのお湯に泥だらけのブーツでダイバーが山ほど飛び込む

湯船は濁ってドロドロ、すえた臭いまで発しだし、「ションベン丸」の汚名まで着せられる始末





これはなんとかせねばなるまい







だったら水道管を太くすればいいじゃん、なんて声が聞こえてきそうですが、コトはそう簡単ではありません

たとえば数年前、おとなり伊豆海洋公園ではシャワーやトイレを大増設し、快適化をはかりました

ところが、です

その改修工事の後、夏場の午後3時頃になると近隣一帯の住宅で水が出なくなるという事態に陥ってしまったのです

その地区に配されているメインの水道管のキャパを越える施設になってしまい、他の一般家庭が使う分の水まで喰ってしまったということですね



これはもちろん我が富戸港にも当てはまります

この地区に来ている上水道配管はキャパが小さいというのはその業界の人には有名な話

そこへもってきて「港で水が足りないから配管を太くするよ」なんてことをした日にゃ、毎日午後には町内中断水

これは笑えない





ということで配管をいじって水の供給量を増やすのは無理

それは市議会議員か市長か、その辺の人の仕事、イチ漁師の手に負える仕事じゃあねえ

なんとか施設全体で水の使用量を抑える方向で検討していかねばなるまいよ





そこで目を付けたのが温泉丸

先日の給湯配管リニューアル工事の恩恵で、出湯口での湯温はなんと65℃

みなさんには中学校の理科の授業を思い出してもらうとして、このお湯を25℃の水でうめて40℃にし、12トンの湯船を満たすにはいったいどれくらいの水が必要になりますかね?




単純計算でお湯と水の比率はだいたい4:6

なんとお湯よりもたくさんの水が必要になるんです

湯船を満たすだけでも7トンちょいの水が要る

その後のオーバーフロー分も含めれば一日に十数トン、月にしたら数百トンの計算

これはたまらん



この温泉丸に使う水を減らせれば、つまり、温泉自体の温度を下げて水でうめる必要を無くしてしまえば、その分シャワーや器材洗い場なんかの他の設備に水を回せるはず

うめるための水が足りないからと給湯を止めなくてもすむようになれば、あのドロドロに濁った湯船につからなくてもすむようになるはず





やるしかあるまい







とりあえず2年前に交代した新支所長に相談

材料費はなんとか出してもらえることになりました

数年前(前任の所長と事務屋)だったら間違いなく相手にもされなかったはず

良い時代になったもんだ






さっそく実行

給湯配管をいじる必要があるので工事ができるのは営業が終わってから

どうせ実際に作業するのは俺1人だからして、いちいち周囲にことわりを入れる必要も無かろう

というわけで夜陰に乗じて温泉丸ゲリラ、作戦遂行中




配管をぶった切る

残ってたお湯が噴き出してきて非常に熱い

が、こんなことに負けない





定置網の倉庫でこっそり組み立てておいたラジエターもどきを配管の途中に組み込んでみる

元の配管よりも径の細いパイプで空気に触れる表面積を稼ぎ、その中をある程度の距離流せば空気に熱が逃げてくれるだろう、というもくろみ

まぁ結果から言うと甘い考えだったけどな




ということで結果

温泉冷却ユニット・バージョン1.0

温度低下:0℃(まったく下がらず)

判定:
失敗

目標値まであと20℃

累計材料費:38,000円






耐熱の塩ビパイプというのが意外と高いのに驚きつつ

オイオイ4万円もかけて1℃も下がらねえのかよ






ということでこの案はボツ

続けて第2案

鉄の配管パイプを用意、長さ65m分

塩ビよりも熱を伝えやすい鉄パイプの中をグルグルと流してやれば、しかも65mも流してやればそれなりに温度が下がるだろうと




で、結果

温泉冷却ユニット・バージョン2.0

温度低下:0.2℃(外気温25℃時)

判定:
失敗

目標値まであと20℃

累計材料費:104,000円





こういうのを計算で設計できないのか、という人もいるけども、だ

なかなか教科書通りにはいかないんだよね

こういうの計算するにはスパコンと有限要素解析ソフトが要るし

この程度のモノでそんなの用意するくらいならとりあえず作ってみては実験する、の、試行錯誤法の方がよっぽど早いし安上がりなんですよ、実際のトコロはね






10万円以上の材料費を投入し、成果ゼロ

さあいよいよ後には退けなくなってまいりました

というか意地

むしろヤケ






鋼材屋にステンレスのパイプと板を手配

熱の伝えやすさで言うとステンレスってのは絶望的に悪い

欲を言えばアルミか銅か、なんだけども

港、海岸っぺりってのは金属をものすごい勢いで腐食させる環境なんですね

ほとんどの金属があっというまに腐食して無くなってしまう

ステンレスですら錆びる

ま、この環境では一番マシな選択かと




で、この板にバカスカと穴を空け、パイプを通すわけですが

鍛冶屋のシリーズでも書いたとおり、ステンレスというのはイラつくくらい削りにくい材質なわけで

ドリルを使うときはかならず切削油という油を差して、刃先を冷却しながら作業を進めないと刃先が摩擦で加熱してあっというまに焼きが戻ってしまう

焼きが戻った刃物はナマクラもいいところ

まったく切れやしねえ

切削油を使っても全部の加工を終えるまでに1本千数百円のステン用ドリルが何本かダメになった

まったくやりきれねぇ




パイプが40本

板が80枚

何個の穴を空けたのかってのは・・・まあ、聞くな






両端に溶接で箱を作り、そこから40本のパイプにお湯を分散させて反対側の箱まで流す

長さは4m

パイプには薄いステンレス板をハンダ付けして空気に触れる面積を稼いだ

典型的なラジエターもどきというやつですね





板が80枚、パイプが40本

何カ所の溶接とハンダ付けが必要だったのかは・・・・聞くな






で、これをまた夜陰に乗じて給湯配管にはさむ



北京オリンピック特需のせいでここ数年のステンレス材の高騰っぷりといったらもう

これにだってねぇ、言いたかないけど10万円以上かかってるんだよぉ

これで湯温が下がらなかったら切腹もんだぞ、と

かなりドキドキしながらバルブオープン



で、結果

温泉冷却ユニット・バージョン3.0

温度低下:5.2℃(外気温25℃時)

判定:
失敗

目標値まであと15℃

累計材料費:243,000円

・・・・・・・・・・なんてこった

ここまでやって

これだけ金かけて

たった5℃かよ






無理

これ以上はもう無理

今後のいろいろな展開を考えて、できることならばなんとか配管の途中で冷やしたいという希望があったのですが

これ以上はもう無理

湯から空気への伝熱だけではもう限界です







ちうことで一気に路線変更

いままではできる限りお客様の目に触れないところでコッソリと湯温を下げるという方向を目指しておりましたが

この期に及んで四の五の言っちゃあいられねぇ






ということでバージョン4.0

伝熱がダメなら気化熱だ

温泉丸の舳先に巨大シャワーを設置

600個の直径1mmの穴から細く、細く、お湯を噴き出させて空気にさらす

直接空気に触れたところからはお湯が蒸発し、その時、湯から気化熱というものを奪います

汗をかくと体が冷えるのと同じ原理

600個の穴?そらもう一個ずつあけたさ、ドリルで

聞くなよ







一発で冷えやがりました




25万円かけて冷えなかったものがわずか一万数千円で冷えられてしまうとこれはこれで複雑なものがありますな

まぁこの方式はこの方式で冬場の強い西風に弱いとか、温度調整の自動化が難しいとかいろいろ難点もあるわけですが

他にこれといった策も無いことだし、しばらくはこの方向性でいくしかあるまいよ






ということで細かい改良を加えていきます

強風に強いこと

夏場でも湯温をさらに低下させられること

夜のウチにプランを立てておいて

朝の水揚げ作業が終わり、みんなが朝飯を喰いに解散した1時間ほどの間に作業を進める

夕方までに結果をチェックして、また改善案を練る

これの繰り返し



近所のガイドさん達には「毎日毎日、見るたびに形が変わっていくねぇ」などと感心もされ

そらそうだ、ここ数ヶ月間というもの、本業の漁師稼業よりもこいつに費やした労働時間の方が長いくらいだもの






ということでとりあえずの完成形

温泉丸冷却ユニット・バージョン4.18β

まだ試作の域を出ていないからβはとれない

いろんな気象条件のもとであれやこれやとデータを集めないとまだなんとも



ウェットスーツ姿のまま入れる第2温泉丸側のユニットは大きめに作りました

湯船が汚れやすいのでそれだけたくさんオーバーフローさせないといけないから

ガンガンお湯を出してもちゃんと冷却できるようにそれなりに放熱面積も大きく

支えるフレームは以前船をいじった時に出た余り物のステンレスパイプを溶接してなんとか

斜めに立てかけてあるのは竹の枝を組んだもの

この枝を水滴が伝わっていく間にその一部が気化して温度が下がる

材料は竹ぼうき

二十数本をバラして枝だけを組み直してあります

あくまでもホームセンターで売ってるものの組み合わせ

値札だって貼りっぱなしだ







水着専用第1温泉丸の方はそれなりに洒落っ気を





ししおどしはバージョン7.3

いい音を鳴らすのはそれなりにタイヘン

難しいもんです

かぽ〜ん

風鈴はナンブに限る

最近はなんだ?どいつもこいつも洋風にかぶれやがって

なにが「ガーデンチャイム」だバカヤロウ、カタカナにすりゃいいってもんじゃねぇだろうがよ

ついでに言うなら風鈴はナンブが一番に決まってんだろうがっ!

どの店に行っても「ガーデンチャイムあります」ばっかり

町中探し回って、5軒目の店でなんとか発見、最後の一個のナンブ風鈴






風を受けて揺れる短冊はドライカーボンの板

さりげなくハイテク素材を織り交ぜることを怠ったりはしないのだ

ウソ、その辺に転がってた足ヒレの失敗作をちょん切って使っただけ








ということで結局半年がかりになってしまったこの工作

うめるための水がほとんど要らなくなったということで、はからずも「源泉100%かけ流し」にもなってしまいました

ずっと流しっぱなしにできるようになったため、午後になっての湯船の濁りもかなり緩和されたように感じます

混雑時にシャワーが一滴も出ない、というのも今のところなんとか回避できているのではないかと

稼働し始めてからまだ数日しか経ってないのでなんとも言えませんけどね







さて、稼働し始めて数日

連日の猛暑のためか、「温泉が熱い」というご意見もあいかわらず寄せられております

とはいえ、湯船の温度を測ってみると実際には35℃くらいしかなかったりするわけで

人間の感覚ってのはホントあてにならないな

で、そのアテにならない人間というものがたくさん入るのが温泉丸です

同じ温度のお湯でも「熱い」という人がいれば「ぬるい」という人もいる

1人1人の感覚に合わせていちいち湯温を調整していたらきりがないわけで

とりあえず今のところは40℃をちょっと切るくらいのところで統一させてもらいますのでご了承下さい

あとは湯船の構造上、下の写真のように湯船の仕切りごとに船首から船尾に向けて湯温が下がっていきますのでそれを利用してください

熱いと思う人は船首側の浴槽に陣取ったまま文句を言うのではなく、船尾側の浴槽に移動してくださいよ、ということですね

ご協力をお願いしますよ










さて、これだけ苦労して濁り対策した温泉丸に、その辺を歩き回ったままの泥だらけのブーツを洗い流しもしないで飛び込んでくるダイバーさんを見かけるのはそりゃもう複雑な心境ですよ

次の工作が総ステンレス製の巨大ハリセンになる可能性も否定はできません

そらもう唸りをあげてスパ〜ンと







多くの制約条件の中で、それでもなんとか知恵を絞ってできるだけのことをやらせてもらっております

ご利用になるみなさんにおかれましても、たとえば節水であったり、湯船に入る前に足の裏をざっと流すなど、ちょっとしたことで結構ですのでご協力をいただきたいとお願いしたい所存でございます

なにとぞよろしく




さて、次は何を作りましょうかね・・・


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