さて、みなさんもご存じのとおり、私、足ヒレマニアです。オタクと言っても過言ではありません
そんな私がいろんなフィンを買いあさった結果、残念ながら自分にマッチしたタイムアタックフィンはどうやら存在しないらしい、という結論に
無いモノは作るしかない
てなわけで、漁船の修理なんかでなじみのあるFRPという素材を用いて自分専用の足ヒレを作ってみることにしました
FRPっていったいなんですか?
まずはFRPとはなんぞやというお話から
FRPというのは繊維強化プラスティック(fiber reinforced plastics)と言いまして、ガラスやカーボンの繊維を樹脂で塗り固めた素材の総称です
車やバイクのパーツから漁船、はたまた宇宙船まで、軽くて強い先端複合材料の代表として様々な分野に応用されています
で、ひとくちにFRPといっても細かく分ければ使用する繊維や樹脂の材質によっていろいろなモノがあるわけで
ガラスの繊維を樹脂で塗り固めればGFRPだし、カーボンの繊維を塗り固めればCFRPになったり
まぁ一概にFRPと言ってもいろんな素材があるんですね
極端な話、和紙を糊で貼り合わせて固めたものだってFRPの一種と言えないこともないわけで
で、なんで僕がこのFRPを使うのかってこともお話ししておきますと、この素材が少量生産に向いているからなんですね
ゴムや普通のプラスティックでフィンを作ろうとすると、まずは溶けた素材を流し込むための金型を何百万もかけて作らないといけない
金型だと、ここの寸法がちょっと気にくわないな、なんてことが起こってもホイホイと修正はきかないんです
聞くところによると一カ所の金型修正で数十万
とても個人では資金が追いつかない
FRPならこういう「試行錯誤」がとても簡単にできるんです
用意しなければならないのは簡単な型だけ
それにペタペタと繊維を積層して製品を作っていく
硬くしたければ繊維を何枚も重ねればいいし。その逆もしかり
作っては泳いで、ダメなら設計を変更して再挑戦。そういうことが簡単にできるんです
寸法の変更も自由自在
僕のような貧乏個人工作屋にとってはまさしく夢のマテリアルなんですね
まぁ、「安い」とは言ってもゴム用の金型を作るのにくらべれば、の話でして
材料費は結構高いんですけどね
FRPに使う資材について簡単に
FRPに使用する資材は、基本的には繊維と樹脂だけです
その選択次第で製品の特性は8割方決まってきますので、目的にあった繊維を選択するのがとっても大切
また、FRP材料では、繊維に対する最適な樹脂の割合というものがありまして、多すぎても少なすぎてもいけません。
樹脂が多すぎれば重くなるし、強度も下がります
フィンに関して言えば樹脂が多すぎるとしなりが悪くなります、つまり硬くてもろい製品になりやすいです
また、同じ繊維量でも樹脂を含みすぎると厚みが増すので狙った硬さよりも硬くなってしまいます
反対に樹脂が少なすぎれば製品の内部に繊維同士が十分に接着されていない部分、気泡が生じますね
FRPでは、製品に加わる外力を受け持つのは繊維の方だということを忘れてはいけません
樹脂はその繊維同士を接着し、製品の形を保つためだけに加えられる脇役でしかないんです
できるだけ少ない樹脂で確実に繊維を固定する
簡単なようですけど実際にやってみるとそれがなかなかタイヘンでして
そのためにいろいろな工法と副資材が存在しますが、これ以上は割愛
詳しく知りたい人は専門書等で調べて下さい
下にFRP工作で使用する資材をざっとご紹介
繊維 | FRPの主役 繊維の太さや編み方、材質によっていろんな種類がありますね 詳しくは下の別表にごく一部ですがまとめてありますよ こいつの選び方で製品の特性はほとんど決まってしまいます |
樹脂 | 繊維同士を接着し固定するために使用 主剤に規定の割合で硬化剤を混ぜて使用するタイプのものがほとんどです FRP工作でもっともポピュラーな樹脂である不飽和ポリエステル樹脂は、価格が安い上に粘り気が少ないので作業が楽です 硬化後の寸法変化が少ないエポキシ系の樹脂なんかもあるけど、値段が高いので特に品質にこだわる物でないかぎりあまり使用されません 繊維にあらかじめ最適な割合で樹脂を染みこませてあるプリプレグ材なんてものも存在しますが、プリプレグ材の樹脂は繊維を積層した後に専用の釜で圧力をかけながら熱を加えて硬化させないといけません 現時点ではもっとも優れたFRPなのですが、その成型には特殊な釜が必要だったり、加工前の素材は冷凍保管しなければならないなどの制約も多く、専用工場など特殊な設備の整ったところでないと扱えません このプリプレグ材を使用したカーボンFRPが俗に言う「ドライカーボン」というやつです |
ピールクロス | 樹脂の硬化後にも剥がすことができるクロス 製品の表面に置き、余分な樹脂を吸い取るために使用する |
離型材 | 型から製品を剥がれやすくするために使用します 車用のワックスなんかで十分。成型前に型に塗り込んでおきます |
バキュームバッグ | 布団圧縮袋みたいなもの 余分な樹脂を吸い取るために、ピールクロスを載せて圧縮をかける場合がありまして、その際に使用します |
シーラントテープ | 粘着性の粘土のようなものを細長く成型したもの バキュームバッグの密閉に使用します わずかな漏れがあってもバキュームは失敗するのでこいつを使った方が良い |
ブリーザークロス | フワフワのフェルトのような布 バキュームバッグから空気を吸い出すときに、抜けていく空気の通り道を確保するために使用します |
TPXフィルム | あらかじめ一定のピッチで穴が空けられたモノと穴なしのモノがあります バキューム時にピールクロスに樹脂を吸い取られ過ぎると製品に気泡を生じるのでそのコントロールに使う、のだと思います。シロウト考えですが 製品の積層後に複数のピールクロスを載せる場合にその間にはさむ 上の層に使うモノほど空ける穴の数を少なくしていく |
で、繊維についてはさらにいろいろあるのでもう少し詳しく書いてみましょうか
まずはもっともポピュラーな素材、「ガラスクロス」 |
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こちらはカーボンファイバーのクロス |
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こちらは海苔のように見えますが、繊維を縦横に編みこんだクロスとは違い、繊維を一方向にそろえて並べたUD(ユニディレクショナル:一方向)という素材です 繊維が伸びている方向には優れた強度を持ちますが、繊維と直交する方向の強度は成型後に手で割ることができるくらい弱いです ゴルフクラブのシャフトなど、素材の重さあたりの強度にこだわる製品によく使われています |
作業手順
それではとにもかくにもやってみることにしましょう
まずは型を準備します
今回はコンパネ(木の合板)の上にFRPを積層して型を作りました
これが車のエアロパーツみたいに複雑な形状ならば、発泡ウレタンのブロックとかを削って立体的な型を作ることになるわけです
型には車用ワックスなどの離型材をたっぷり塗っておきましょう
さぼると型から製品が剥がれなくなってトホホな目に遭うので注意
樹脂は硬化剤を入れてしまうとどんどん固まっていってしまいます
作業を始めてしまうと「待った」は効かないので、繊維やピールクロス等の資材はすべて必要な寸法にカットしておきましょう
準備ができたらここからはノンストップ
まずは樹脂に硬化剤を加えてこれでもかってくらいよく混ぜます
写真は不飽和ポリエステル樹脂
作業する気温によって硬化剤の量はちゃんと調整しましょう
樹脂によってメーカーが指定する混合率がありますので厳守のこと
目分量は厳禁
今回使用した製品名「ユピカ」という樹脂なら気温10℃くらいで3%、20℃までで2%、25℃くらいになったら1%で十分
樹脂と硬化剤をしっかりと混ぜ合わせたら、まず、ペンキを塗るようなローラーで型に樹脂を塗り、ピールクロスを一枚貼る
その上に繊維を置き、さらに樹脂を塗っていく
1層重ねるごとに脱泡ローラーというもので上をコロコロとこすり内部に残った気泡をしっかりと抜いてやる
気泡が残るとそこの強度が低下してしまいます
失敗するとあとから帳尻を合わせることはできないので面倒でも1層重ねるごとにしっかりと脱泡しておきましょう
樹脂を塗っては繊維を重ね、さらに上に樹脂を塗って脱泡
この工程を繰り返して設計通りに繊維を重ねていきます
簡単に言えば硬くしたいところは何枚も繊維を重ねればいい、ということなのですが、今回のようにできあがりが2mm足らずの板ではコンマ数ミリの厚さの変化が極端なくらいダイレクトに硬さに効いてきてしまいます
曲げに対する板の硬さというのは板厚の3乗に比例します
つまり板厚を2倍にすると硬さは8倍になってしまうってことだ
ちょっとの厚さの狂いが大きな硬さの変化になってあらわれますので注意深く作業を進めましょう
積層が終わったら、最後に一番上にピールクロスを重ねてさらに脱泡しておく
一番上に積層したピールクロスの上にさらにもう一枚ピールクロスを乗せる
このピールクロスは余分な樹脂を吸い取るためのモノ
さらに樹脂の吸い取りをコントロールするために穴あきのTPXフィルムを重ね、その上にもう1枚ピールクロスを重ねる
樹脂の量が多いときは1枚では吸い取りきれないので、さらにその上に穴の数を減らしたTPXフィルムを載せてもう1枚ピールクロス
最後にブリーザークロスを載せてバキュームバッグに入れる
シーラントテープでしっかりと密封したらバキュームポンプで空気を抜いていく
ちなみに僕はバキュームポンプなんてもっていないので車用の吸い取り型オイル交換器を流用してます
樹脂が固まったら、できればストーブの温風や、温泉に突っ込むなどして高温の環境に置き、樹脂をしっかりと硬化させましょう
これを業界用語で「キュア」というのだそうで
樹脂が固まる前にいきなり温泉に突っ込むと湿気により樹脂が硬化不良を起こすのご注意あれ
完全に固まったら製品を型から剥がし、両面のピールクロスをはぎ取って作業完了
グラインダなんかで形を整えて既製品のブーツポケットに接着してしまえば手作りフィンの完成
ま、FRPという素材の加工法としてはこんな感じ
基本は漁船の修理だろうが足ヒレだろうが同じなのです
ただ材料がちょっと違うくらいでね
設計のコンセプト
たとえば飛行機
初期の飛行機もどきってのは「こうすれば飛べるような気がする」ってな航空力学無視のおバカ設計がほとんどでした
たまにテレビでもみかけますよね、蒸気機関とか積んでドタバタやるけど結局飛べない、みたいな映像
で、空を飛ぶということが空想の産物じゃなくなったのが19世紀
オットー・リリエンタールが鳥の翼に似せたグライダーを作り、初めて人類が空を舞う
そのあとコンピュータ解析の技術なんかが進んで、飛行機は鳥とはまったく違う形に進化した、と
航空力学なんかの理論はあくまでも後付けだったんですよね
足ヒレもね。一緒だと思うんですよ
今現在市場に出回っているのはほとんどが「こうすれば良いような気がする」ってな「人間様中心主義ごり押しおバカデザイン」のフィンばかり
ちゃんと泳げる人が評価して作ったとはとても思えないシロモノがほとんど
足に板つけてバタバタすれば泳げるはずだ、フィンは硬いほど速いはずだ、長けりゃ良いハズだ、みたいな
ダイビング業界の足ヒレに関してはいまだ蒸気機関を積んでバタバタ羽ばたいていた時代の「とんでも飛行機械」のレベルを脱しちゃいないと思うんです
ではそういう問題をコンピュータで解析できるかってぇとこれは今現在ではまだ難しい段階なのだそうです
フィンってのは水の中で変形しながらバタバタして進むもの
飛行機みたいに固定された硬い翼じゃないから、その数値的解析には材料力学と流体力学の両方からのアプローチが必要なのだそうです
そういう複数の分野にまたがったような研究はまだほとんどすすんでいないというのが現状なのだそうで
魚の推進理論の研究などをしておられる先生方がそういう問題に取り組んでおられるのだとか
てなわけで当ラボではその中間、オットー・リリエンタールを目指すことにしたわけで
リリエンタール氏が鳥の構造をまねた機械を作ることで大空を舞ったように
魚のヒレの構造をマネすることでなんかイイカンジのものができるのではないかと
サバとかアジとか、そんな魚のヒレに近い硬さ分布のフィンを作ってやろうということです
そのレベルのモノならコンピュータ解析なんてしなくても経験的に作れるだろうってなもんで
ここ数ヶ月間は仕事中にサバのしっぽ握って「ううむ」とかやっててよく怒られました
魚のヒレを観察すると、先端はものすごく柔らかく、根本はガチガチなんですね
しかも、その硬くなっていく比率は一直線じゃなくて2次曲線的だったりする
そんな2次曲線的硬さ分布を持つ「アジ・サバ的物真似フィン」をイメージして製作したのが今回のこの足ヒレ
長さとか幅とかの寸法決定には今までいろんなフィンを買いあさった経験をいろいろとフィードバックしてますが
まだ実験中だからこれからもいろいろと改良の余地があると思いますけどね
あとは試行錯誤の数が勝負、なのデス
欲しい人には作ってさしあげますよ
コストや納期、その他いろいろと条件は厳しいかと思いますけど
興味ある方はメールででもお問い合わせくださいませ