先日制作した水琴窟ですが
こともあろうに「ジジイのションベンみたいな音だな」とか評しやがる輩がおりまして
まぁこういう口の悪いのはたいがい身内というか組合の関係者なんだけども、だ
くやしいから本腰入れて作っちゃる
ものまに屋魂なめんなよ
てなわけで今現在ウチのガレージ兼作業小屋の前はこんな有様になってます
水琴窟の中でいったい何が起こっているのか
管共鳴、ヘルムホルツ共鳴、フラッターエコー、スィーピングエコー、etc.etc.
仮説を立ててはそれを実証してみるために模型を作り、また次の仮説を立てて・・・の繰り返し
それぞれの現象について上手くいかなかったものまでひとつひとつ書いていくとまとまらなくなるので興味のある方は各自調べるべし
ここでは上手くいったものだけご紹介しますよ
ぶっちゃけ結論からいくと、水琴窟ってのは
まず落下した水滴が水面で音を立てる
で、その音をなんとかして共鳴させて、大きな音にする
さらにその大きくなった音を残響させてあの独特の音にする
という3段構えのプロセスを経るようです
そんなわけで、まずは音源である水滴の改良
前回も書きましたけど、必要な条件は2つ
・落下する水滴の大きさはできるだけ大きいこと
・最初に落ちる大きな水滴の後から複数の小さい水滴が追いかけるように連なって落ちていくこと
このうちのふたつ目の条件に関しては、とがった物の先から落とすよりは天井のようになった平らな物からはがれ落ちるように落下した方が良いってのを前回やりましたね
ということで今回は「大きな水滴を作る」ためにひと工夫してみることにしましょう
プリンを作る型に小さな穴をあけて水を入れてみます
ジョロジョロとは流れ出ないでポタッポタッと落ちます
なんでチョロロロとつながった流れにならないのかっていうと、このプリン型の底の面に水が張り付こうとするからなんですね
まず穴から水が出てくる
水の塊が軽いとプリン型の底にくっつこうとする力の方が強いので下に落ちることができない
水がどんどん出てきて、水滴がだんだん大きく育ち、プリン型の底に張り付こうとする力よりも水滴にかかる重力の方が大きくなると、水滴はプリン型を剥がれて落下していく
ということはこの「水がプリン型に張り付こうとする力」をうまいことなんとかしてやれば「より大きい水滴」ができるってことになりますよね
で、用意したのはコレ
お風呂場の鏡に貼るためのくもり止めフィルム
このくもり止めフィルムをプリン型の底に貼り付けます
成功
水滴の縁とプリン型の底が接する部分の角度がかなり鈍くなり、それだけたくさんの水がぶら下がっているのがわかりますか?
で、なんで「水滴を大きくしたい」が「くもり止めフィルム」につながるのか
これについてちょっと突っ込んでお話ししましょう
話が小難しくなりますけどどうかおつきあいください
この問題を考えるとき、工学的にいうところの「濡れ」という現象が重要なカギになってきます
宇宙船の中で水滴が丸くなって浮いている映像をご覧になったことがある方も多いと思います
実は水滴の中にある水の分子同士でもお互いに引っ張り合う力が働いておりまして、他の力が何もかからない無重力のような状態ではその水同士が引っ張り合う力によって一番表面積が少なくてすむ形、すなわち球体になろうとするわけです
この「引っ張り合う力」というのはどんな物にも備わっておりまして
接着剤なんかも突き詰めていくとこの「引っ張り合う力」を利用しているとかいないとか
あ、ヤベ、話がさらに脱線しそうだ
戻します
で、その物質同士が引っ張り合う力の大きさというのはふれあう物の性質によって大きく左右されるわけです
たとえば防水スプレーを吹きつけた傘の上に水をたらすと水滴は丸く球のようになってコロコロと転がりますよね
レインXなんかの撥水ケミカルで処理した車のフロントガラスでも同様
この場合 水分子同士が引っ張り合う力>板の表面と水分子が引っ張り合う力 ということで、水は宙に浮かび周りに何も触れていない宇宙船の中と同じように振る舞い、お互いが引っ張り合って丸く球体になろうとするんです
この状態を「濡れにくい」と表現します
逆にテーブルの上なんかに水をたらすとベタッと平らな水滴になりますね
この場合は 水分子同士が引っ張り合う力<板の表面と水分子が引っ張り合う力 ということで水はより板に張り付こうと平たくなるわけです
これは「濡れやすい」例になりますね
このように水分子同士が引っ張り合う力と板の表面と水分子が引っ張り合う力を比較してその大小関係を考えるのが工学的な「濡れ」というものになります
本題のプリン型に話を戻すと、
「大きな水滴を作りたい」ということは、
「プリン型と水滴の間に生じる引っ張り合う力をより大きくすれば良い」ということになりますので
「濡れ性」的に考えると、プリン型の底をより「濡れやすい」素材にしてやれば良い、ということになるわけですね
表面を「濡れ」やすくすることで水滴と板の間で引っ張り合う力が大きくなり、その分たくさんの水が逆さまにぶら下がることができるようになるわけです
その「濡れやすい素材」の例として登場してもらったのが先ほどの「くもり止めフィルム」になるわけです
くもりというのはガラスの表面に小さな水滴がたくさんつき、それぞれがレンズのような働きをして光をてんでばらばらに屈折させてしまうために起こります
それを防ぐにはどうしたら良いか
ガラスの表面についた水滴がレンズの役割をしなければ「くもらない」わけですよ
つまりガラス表面をより「濡れ」やすくして水滴を平たくしてしまえば光の屈折が起こらない
市販されているくもり止めというのはほとんどがそういう方向性で作られています
塗るタイプのくもり止めだって、石けんとか界面活性剤とかでガラス表面をコートして「濡れ」やすくしています
このくもり止めフィルムはそれ自体がヌルヌルとして「濡れ」やすくなっているんですね
逆に防水スプレーは表面を「濡れ」にくくして水をはじく
そしてこの「濡れ性」に関しては表面がザラザラしているほどその現象が強く現れる性質があります
表面がザラザラしているほど、濡れやすい素材はより濡れやすく、濡れにくい素材はより水をはじきやすくなるんですね
上の方を読んで「工学的な濡れ?俺には関係ねぇ世界の話だな」とか思った方も多いかもしれませんけど、実は皆さんの生活のいろいろなところで「濡れ」をコントロールすることで機能する製品が利用されています
「光触媒で汚れ防止」「フライパンのテフロンコート」「くもり止め」・・・どんなものに、なぜ、その性質が使われているのか。気が向いたら各自調べてみるがいいさ
さて、以上の実験から、水滴成長部は「濡れやすい素材でできたザラザラとした平面が良い」ということになりました
試行錯誤の結果、水滴落下ユニットはこんな形に
ヒノキの丸棒をタイラップでまとめたもの
上部には水を溜めて流量をコントロールするためにプラスティックのジョウゴがついてます
水滴は一番下のヒノキの端面で成長して落下します
1カ所から落ちるだけだと音のリズムが単調になってしまうので3カ所からランダムに落ちるように気を遣ってみたり
実は水滴のことだけ考えたら素焼きの皿とかで十分なんです
陶器も木材も良く「濡れる」素材ですから
でも皿みたいに広い物では狙いが定まらない
この後書きますけど、いろいろあって落ちてくる水滴を受ける部分がかなり小さくなってしまったので、的を狙いやすくするためにこの形状に落ち着きました
洗面器の水面に落としてみます クリックすると音が出ますよ→ wavファイル
で、この音をFFTという手法で周波数解析してみるとこんな感じ
FFTってのは高速フーリエ変換の略称です
高校生の頃、数学でテイラー展開とかマクローリン展開とかやったの覚えてますか?
それと一緒にフーリエ展開ってのもやりましたよね?
ものすごいぶっちゃけで言うと、どんなに複雑な関数でも単純な関数の足し算で表現できますよってやつ
これを使うとどんなに複雑に見える音や振動の波形も、いくつかの単純な形の波の足し合わせで表現できます
つまり「この音の波は複雑に見えるけど、実はこのくらいの大きさで何Hzの波と、あのくらいの大きさで何Hzの波と、そのくらいの大きさで何Hzの波…(以下略)を足し合わせたものなんですよ」ってことが解析できるんです
その解析をコンピュータを使って瞬時にやってくれるのが高速フーリエ変換、FFTというわけです
僕が学生の頃はこれ用の計測器なんて無茶苦茶高くて、趣味の工作のために手に入れるなんてことはとても考えられなかったんですけどね
今じゃネット上にフリーソフトで転がってる
ホント、すごい時代になったもんです
てことで上の画像に戻ってください
上の段は横軸が周波数で縦軸が音の強さ
下の段は横軸が時間で縦軸が周波数、色が緑から赤に近くなるほど音が大きいってことです
今回の水滴落下音では700Hzから2600Hzくらいまでの間でいろんな音が出ています
でも全体的にまだまだ音量が足りません
ということでこの音を大きくしてやりましょう
水を受ける器にひと工夫
花瓶、です
いろいろと、ええそりゃもう「いろいろと」試した結果、ラッパ状に口が広がっている花瓶が適していることがわかりました
水面の高さをさまざまに変えながら音を計測し、良さそうなところにダイヤモンドビットとリューターで排水用の穴をあけておきます
今回使用した花瓶は底から5センチくらい水が溜まっているときがベストでした
さっきと同じように水滴を落としてみます wavファイル
赤線で示されているピークがかなり大きくなったのがわかりますか?
花瓶の底でたてられた水滴の落下音が花瓶で共鳴して大きくなったわけです
そのかわり周波数帯はいくらか変わりますけどね
それではいよいよ最終段の「残響」についていってみましょう
ヒントになったのは日光東照宮の鳴き竜
日光東照宮では、本地堂にある竜の画の下で手を叩くと「ビィーン」という残響音がするのだそうです
手を叩く音が、ドーム状になった天井と堅い床の間でなんども反射して起こる「フラッターエコー」という現象なのだそうです
原理的には音を反射する2つの面を平行に並べると起こるそうです
いわば「音の合わせ鏡」
日光東照宮のは片面がドーム状になっているおかげで音が周りに逃げていきにくく、効率良くフラッターエコーを起こすことができる、と
音響関連の分野ではこのフラッターエコーはとにかく押さえ込むべき悪者なのだそうで「防止策」というのは山ほど見つかるんだけど「増幅策」というのはなかなか見つかりません
まぁ「音の合わせ鏡」という原理に立ち返って、平行な面を山ほど集めてみたらどうなるかな、ってあたりに落ち着くわけです
中から見て、どっちを向いても平行面に挟まれてる形ってのが何かってぇと「球体」ですな
ということで
エクササイズ用として数年前に一世を風靡したバランスボールを入手
どこの家の押し入れにも一個は必ず入ってるんじゃないだろうか、ってなもんで
これを膨らませて、表面にFRPを積層します
硬化したらボールのエアを抜いて取り出せば球体の完成
ではこの球体に秘められた能力を検証してみましょう
開口部の前で手を叩いてみます
何もないところで叩くとこんな感じ wavファイル
いくつか山はあるけども2000Hzくらいまでの周波数の音がまあまんべんなく出て、1秒くらいで消えてますね
ではこの手を叩く音を球体の開口部でたてるとどうなるでしょうか wavファイル
解析なんてしなくてもビィーンという残響が出ているのがわかりますよね
まぁ念のため
何もなければ1秒ほどで消えてしまう音が3秒近く響き続ける。これがフラッターエコーってやつです
周りに音が拡散してしまわない分、マイクに届く音も大きくなってます
音の合わせ鏡ということで、ほかにも立方体だとかパラボラ(放物面)だとかいろいろ試してみましたけど、結局球体が一番成績が良いみたい
これで器が完成
それではこれらを組み合わせて・・・・というのはまだ気が早うございます
良く残響する器、大きな水滴を作る落下ユニット、そして落下音を大きくする花瓶・・・・
すべて出そろったような気がしますけどね
まだ足りない
上の3つを組み合わせただけでもそれなりに音はします
でも残念なことにそれは水琴窟の内部だけの話
音を聴くのは水琴窟の外であるのが普通ですから、内部でいくら良い音がしていても、その音が外の空気を震わせてくれないと意味がないわけです
ということで探し回りました「スピーカーの部品」
でもね、音響機器ってパーツ単位でもかなりお高いんですよね
ということで自作
木の板を積み上げて削る
目指すのはトラクトリックス曲線を持つラッパ
こんなの
「追跡線」とも呼ばれてましてスピーカーのホーンとか流体の抵抗を減らしたい船体形状なんかに最近よく使われているそうです
ま、この辺は流行を追ったというか気分の問題
できた木型にFRPを積層すれば
なんちゃってトラクトリックスホーンの完成
これで水琴窟内部の音を効率よく外部に放出するもくろみ
ということでお待たせいたしました
すべてを組み合わせてみましょう
まずは球体の底に花瓶を設置
開口部にホーンを載せて、その上にテキトーに溶接で作った五徳を載せて水滴落下ユニットを設置
さていよいよ本番です wavファイル
500Hzから1000Hzくらいまでの音をかなり長い時間反響させることができるようになりました
前回作ったステンレス製水琴チャンバーと比較してください。 wavファイル
ちなみに水滴落下ユニットは同じ物を使用しています
残響時間がかなり長くなり、音量もかなり大きくなっているのがおわかりいただけると思います
最後にもう一度聴き比べてください
もともとは小さな水滴音だったこれwavファイルが、花瓶や球体の働きだけでこんな音に変化するんですwavファイル
マイクやスピーカーなんかの電気的なからくりは一切無し
いにしえの人たちの知恵には敬服しますな、まじで
と、いうことで
以上
完成
今回も大変でした
とは言っても本当に大変なのは実はこれからです
実験で出た大量のゴミ(失敗作)は処分しなきゃならないし
制作費?
思い返すのもいやになるくらいかかってるさ
そもそもこんなに本体が大きくなっちゃって、いったいあの温泉丸のどこに置いたらいいんだよっ?てなもんで
しばらくはウチの裏庭に放置する予定
こういうのを一般に「本末転倒」と言うんだろうなぁ、なんてことを思ったり思わなかったりしつつ
次は何を作ろう